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駒ヶ岳の歴史

 北海道駒ケ岳は3万年以上前に活動を開始し、その後2万5千年程の休止期を経て、6千年前に降下火砕物と火砕流を噴出し、再び5百年あまりの休止期に入りました。

 江戸時代、寛永の大噴火では、数時間の激しい山鳴りの後、山頂付近の一部が大崩落し、岩屑なだれが噴火湾(北海道南西部の湾)に流れ込み、
これにより大津波がおき、沿岸では7百人以上の人たちが犠牲になりました。
     
 噴火は3日程続き、その後は急に鎮静化し、70日程でおさまりました。
 このときの岩屑なだれは南側山麓も襲い、折戸川等を堰き止めて大沼湖・小沼湖を形成し、現在の気品ある駒ケ岳の山容を形づくったといわれています。

    つまり、もともとの駒ケ岳は現在のような形ではなく、富士山のような円錐の形をなし、高さ1,700メートル級の成層火山だったのです。
 
  しかし、このときの噴火が山頂部を大きく崩し、火口原を取り巻く外輪山としての主峰、剣が峰(1131メートル)、砂原岳(1113メートル)、隅田盛(892メートル)、稜線の駒の背(約900メートル)、馬の背(約850メートル)をつくりあげました。
   
 それ以後、寛永の大噴火以来、現在までの350年程の間に駒ケ岳は、大小十数回の噴火をくりかえしています。  
 
 

お問い合わせ先

経済部商工観光課観光係
電話:0138-65-2517 shoukoukankou@town.nanae.hokkaido.jp
FAX:0138-66-2054
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