明治28年頃、斉藤某というきこりが、雨鱒川で焚火をしたところ、付近の石に燃え移ったため、このあたりに硫黄があることを知り、翌年から本格的な採掘を始めたという。
昭和17年に、日本硫鉄がこのあたりの採掘をはじめると、子弟数も増え、精進川小中学校が誕生した。しかし、昭和34年に事業廃止となったため、翌35年に閉校となった。。