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七飯町史(昭和56年~昭和59年)

西暦年 年号 七飯のあゆみ(昭和56年(1981年)〜昭和59年(1984年))
1981 昭和56年 北海道人口 5,641,036人
七飯町戸数 5,288戸
人口 21,832人
道知事 堂垣内尚弘氏
町長 金沢 精一氏
1月 七飯消防支所が七飯消防署となる。
第15回大沼雪と氷の祭典、成人式開催。
2月 大沼電業所廃止。
5月 七飯町大沼森林公園オープン。
大中山中学校校舎新築第1期工事竣工及び第2期工事着工。
6月 大沼世界動物博覧会開催(大沼公園)。
7月 農業委員改選(第11回)。
8月 3、4日の集中豪雨で道路決壊。大中山第1水源の導水管の流破損、田畑の浸水等各地に被害を及ぼす。
七飯町地区医療対策協議会設立(七医会長 )。
9月 第32回北海道婦人大会、七飯中学校を会場として開催。
(ミヤコ蝶々さんの講演「おもろうて、やがて哀し)(2千名参加)。
11月 文化功労賞 原岡 壬吉氏 受賞。
藤城季節保育所完成。
1982 昭和57年 北海道人口 5,667,478人
七飯町戸数 6,410戸
人口 22,056人
道知事 堂垣内尚弘氏
町長 金沢 精一氏
1月 第16回大沼雪と氷の祭典、成人式開催
2月 公営住宅桜B団地。
3月 七飯町長選挙 金沢 精一氏 無投票再選(3期目)。
青少年育成連絡会設立。
4月 農業開発課新設(役場内)。
5月 農村総合整備モデル事業着工。
大雨により第2鳴川氾濫。
大中山中学校校舎及び体育館新築第3期工事着工
(管理棟、体育館、柔剣道場)。
七飯町助役 太田兼吉氏再任。
七飯町収入役 川端秀良氏専任。
6月 「広報ななえ」300号を迎える。
7月 世界で初めてのボートオリエンテーリング大会を大沼で開催(以降継続)。
8月 大川新道舗装新設工事着手。
温泉ボーリング掘削開始。中島地区(湧出温度51.2度毎分 340リットル)。
白鳥台セバット工事着手。
9月 大中山中学校校舎建設調査特別委員会設置。(百条委)
10月 交通事故死「ゼロ」の日、361日でストップ。
11月 役場新庁舎の建設用地決まる。
12月 七飯農村勤労福祉センター完成。
1983 昭和58年 北海道人口 5,690,745人
七飯町戸数 6,562戸
人口 22,310人
道知事 堂垣内尚弘氏、横路孝弘氏
町長 金沢 精一氏
1月 大中山中学校校舎完成。
第17回大沼雪と氷の祭典、成人式開催。
役場庁舎基本設計決まる(59年秋完成予定)。
2月 老人保健制度発足。
4月 軍川地区簡易水道事業着手。
道立七飯高等学校開校(開校式、入学式)。
七飯町議会議員選挙。
5月 空き缶ゼロの日、各町内会一斉にクリーン作戦展開。
悪臭防止法に基づく地域指定(1日より実施)。
6月 参議院議員選挙(比例代表制導入 26日)。
7月 大沼駅 開業80周年記念式典挙行。
(明治36年(1903年)6月大沼駅、大正9年(1920年)6月軍川駅、昭和39年(1964年)6月大沼駅)。
8月 役場新庁舎くわ入れ式(2日)。
寿(ことぶき)緑地整備着工。
異常低温農業対策協議会設置(1日)。
9月 3日、22時00分から4日早朝にかけての集中豪雨による被害甚大。
七飯町教育長 金澤 壽氏任命(再任)。
11月 文化功労賞 中島 昊氏、松岡 慰子氏受賞。
1984 昭和59年 北海道人口 5,705,373人
七飯町戸数 6,723戸
人口 22,407人
道知事 横路孝弘氏
町長 金沢 精一氏
1月 第18回大沼雪と氷の祭典、成人式開催。
2月 ユートピア大沼に温泉湧出。
3月 温泉熱を利用したホーレン草を収穫(中島地区のハウス試験栽培)。
4月 駒ヶ岳火山地域防災計画作成。
チーフースクール開校20周年記念式典挙行。
5月 七飯町工業振興促進条例制定。
6月 大沼小学校創立80周年記念式典挙行。
7月 七飯郷土資料館(「教育資料室」、旧七飯中学校特別教室)オープン。
農業委員改選(第12回)。
テクノポリス函館圏の指定を受ける(函館、七飯、大野)
「七飯町は大沼地区が国際交流・保養レクリエーションゾーンを受け持つ」。
9月 七飯町役場新庁舎完成(21日)新庁舎での執務開始。
10月 テクノポリス指定後初の企業、精密金型メーカー進出(松江エンジニアリング)
(進出企業優遇条例適用第1号)。
11月 鶴野季節保育所完成。
七飯町流域関連公共下水道事業計画が認可を受け事業に着手。
12月 道南一を誇る規模の函館・大沼・七飯スキー場オープン。
国営農地開発事業開始。
大沼簡易水道増補改良事業完成。

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